2026/07/23 20:37

ALPS BOOKSインタビュー企画「十山十色〜人それぞれの山もよう〜」。山に親しむ人の心身のコンディショニングをテーマにした書籍『ヨクキク山ヨガ』の出版に先立ち、山に関わり、その文化を支え続ける皆様の貴重なお話をご紹介いたします。今回お話を伺うのはプロフリークライマーの平山ユージさんです。
世界の岩場や大会で数々の伝説を残し、日本のクライミングシーンを長く牽引してきた平山ユージさん。その美しいクライミングスタイルは国内外で高い評価を得ています。

少年期に身近な山を登り始め、その後フリークライミングに傾倒。若くして頭角を現し、以後、世界的クライマーとして活躍し続ける平山さんは、近年はルート開拓やクライミングジムの経営、小鹿野町での地域に根ざしたクライミング普及活動にも力を注いでいます。

そんな平山さんが、若い頃からヨガに触れてきたことをご存じの方は少なくないと思います。クライマーにとって、ヨガはどのように役立つのか。年齢を重ねても精力的に活動を続けるための秘訣とは。今回は、そんなお話を伺いました。

お話は、平山さんが22歳の頃に出会った、ひとりのヨガの先生の話から始まります。

若かりし日に出会ったヨガの師、尾花輝明先生

――本日はお忙しいところ、ありがとうございます。今回は、登山者に向けたヨガの本に関連して、平山さんにヨガとクライミングのお話を伺えたらと思っています。

僕自身、ヨガについてすごく踏み込んだ知識があるわけではないんです。ただ、ヨガの大切さはわかっていて、自分の中では、できる範囲で続けているという感じです。

――平山さんが初めてヨガをしたのはいつですか?

僕が22歳の時です。もう亡くなられてしまいましたが、仙台の尾花輝明先生にヨガを習いました。当時は今みたいにヨガが世の中に浸透していなくて、どちらかというと、ちょっと怪しいもののように見られていた時代だったと思います。表立って「自分はヨガをやっています」と言うような雰囲気ではなかったですね。

でも先生は、健康のためにおじいちゃん、おばあちゃんにヨガを教えていたんです。僕もヨガ教室を先生と一緒に回って、ヨガをやらせてもらっていました。そこに来ているおじいちゃん、おばあちゃんが、めちゃくちゃ若くて元気だったんですよ。声もはっきりしていて、ハツラツとしていて。見ているだけで、こっちが幸せになってしまうような、すごく微笑ましい教室でした。

――いい教室だったんですね。

そうですね。先生自身、ヨガに救われた経験を持っている方で、「僕がやっているのは恩返しなんだよ」というようなことをおっしゃっていました。若い頃に大病を患い、インドでヨガと断食を経験したことが、先生にとって大きな転機になったのだそうです。一回の教室で、おじいちゃん、おばあちゃんから500円いただいて、公民館のような場所でやっていたんです。

求めていたのは、身体の柔らかさではなかった

――そもそも尾花先生のところへ行こうと思ったのは、どういうきっかけだったんですか。

川上さんという、北海道でテレマークスキーのインストラクターをされている方がいて、その方から尾花先生の話を聞いたんです。尾花先生もテレマークスキーをやられていたので。当時の僕は、ワールドカップで一度優勝していました。一度優勝すると、「自分には優勝できる力があるんだ」というメンタルにはなるんです。でも、そのあと2位、3位に甘んじていたんですよね。その壁を越えたかったんです。

優勝するかしないか。その紙一重の差に、何かメンタルの壁があるんじゃないかと思っていました。だから、メンタルの強さとか、特別な力みたいなものを求めていたんでしょうね。その年は、禅のお寺に行ってみたり、気功の先生を紹介してもらったりもしていました。その中で、ヨガにも向かっていった感じです。

――最初からフィジカルな面は目的ではなかったんですね。

そうですね。柔らかくなりたいというよりは、精神的なところを求めていたんだと思います。禅とか、気功とか、ヨガとか、合気道もそうですが、そういうものには精神性みたいなものが大きいじゃないですか。そういう考え方を求めていたんでしょうね。

寝袋を持って、仙台へ

――そこから実際に、尾花先生に連絡を取ったんですか。

はい。でも最初は、先生も「うちなんかに来てもしょうがないから」と、門前払いみたいな感じだったんです。それでも、しつこく二回、三回と連絡させてもらいました。そうしたら、「じゃあ、こっちに来なさい」という感じになって。最初に先生のもとへ伺ったとき、僕はなぜかわからないんですけど、寝袋を持って行っているんですよね。

――ヨガを習いに行くのに、寝袋を持っていったんですか。

そうです。その時はまだ22歳くらいですから、野宿するのも全然平気だったんです。駅で寝るのも、人目を気にしないで寝られるような感じでした。多分、そういうノリで「とりあえず寝袋を持っていくか」くらいだったんだと思います。先生から指定された場所に行って、先生が来るのを待っていたんです。遅いなあと思って、寝袋を枕にして待っていたら先生が来て、「あ、平山くんか」みたいな感じで始まりました。

最初にあったのは、腹式呼吸だった

――具体的には、先生のもとでどんな練習をしたんですか。

教室に入ると、最初はだいたい腹式呼吸でした。
「じゃあ横になって。はい、力を抜いて。腹式呼吸に入ります。鼻から吸って、口から吐く。鼻から吸って、口から吐く」
それを繰り返すんです。周りのおじいちゃん、おばあちゃんも、みんな気持ちよさそうに呼吸していて、その中で僕も一緒にやりました。すごく迎え入れてくれている感じがありました。とてもオープンで、「とりあえずやってみなさい」という感じでした。

――ポーズの練習もあったんですか。

ありました。でも、おじいちゃん、おばあちゃんが中心なので、雑談もけっこう多いんです。ガハハーッと笑いながら、ポーズをして、また笑って。教室では一回2時間くらい、そういう時間を過ごしていました。ポーズも四つ、五つくらいあって、それが終わるとみんなでお昼ご飯を食べに行く。そのあと、また次の場所に行く。一日に二つ、三つくらい、先生について教室を回っていましたね。

「ポーズじゃないんだよ」

――平山さんなら、ポーズ自体は何でもできてしまいそうですよね。

ポーズはできていたと思います。今よりもっと柔らかかったですし。でも先生は、「ポーズじゃないんだよ」と言っていました。大切なのは、呼吸と、自分がポーズをやっているイメージなんだと。

――イメージですか。

はい。クライミングでも、ビジュアライゼーションというものがありますよね。頭の中で壁をイメージして、自分が登っているところを想像する。ポーズをやっているということと、それはつながっているんだと思います。でも、一番最初は呼吸だけでした。

自分の呼吸。
動きに合わせた呼吸。
そこだけ意識してやる。

最初は、それだけでしたね。

ワールドカップでは、呼吸だけに集中した

――その呼吸の練習は、クライミングにもつながっていったんですか。

そうですね。僕はそのあとワールドカップに出るんですけど、その時はもう、ビジュアライゼーションとか、そういうものはいったん度外視して、呼吸だけに集中して参加しました。

――ワールドカップで、呼吸だけに集中する。

はい。先生のところには、一か月か一か月半くらい通っていました。週に三日、四日くらい仙台に行って、先生のところに泊まらせてもらって。新幹線の回数券を買って通っていました。最後の方に、先生から「ユージくん、もう君、優勝できるね」みたいに言われたんです。僕も「ああ、できます」という感じでした。呼吸に集中することについて、先生も「君はもうできるね」という雰囲気になっていたんでしょうね。僕自身も、そこには揺るぎない自信を持って、ヨーロッパに向かっていきました。

教室での練習に関して言えば、もちろんポーズの記憶もあります。でも、先生がどういうヨガのスタイルだったのか、古典ヨガだったという以外はあまり知らないんです。目の前でおじいちゃん、おばあちゃんがやっているのを見ているだけのことも多く、言語化されたものをたくさん学んだというわけではないと思います。でも、とても大切なことを吸収できた気がしています。

怖さをそぎ落としていく

――今回の本では、登山者に長く安全に山を楽しんでほしいという思いがあります。ですが、クライミングは、本来、冒険的で危険な側面もあると思います。平山さんがリスク管理や安全面で大切にしていることはありますか。

リスクって、百の場面があったら百通りあると思うんです。だから一言ではなかなか言えません。でも、それこそ呼吸を落ち着けて、冷静に自分の状況を把握することは大切だと思います。怖い状況には、必ず理由があるじゃないですか。「なんで今怖いんだろう」と考える。恐怖心がないときでも、もちろんリスクはあります。そこに対しては、自分自身がぐっと入りすぎているとわからない。少し周りの状況とか、全体を俯瞰して感じ取れるような状態が重要だと思います。

自分自身でコントロールする。
できるだけすべてをコントロール下に置く。

それがリスク管理では重要だと思います。自分が怖いと感じている状況では、そのリスクを意識しているわけですから、そこはしっかりと「なぜ怖いのか」「なぜリスクを感じているのか」を理解していく。そうすると、怖さを少しずつ取り払っていくことができます。人間は防衛反応でオーバーリアクションするんですよね。余計に怖さを感じることがある。でも、そこをそぎ落としていくと、核心的な怖さが出てくる。その理由が見えてくるんです。

登りながら、自問自答していく感じです。

「今、なぜ怖いのか」
「次のホールドはしっかりしているけれど、取れるのか」
「この距離感なら、よし」
「自分だったら、ここは大丈夫」

そうやって、大丈夫な部分を少しずつ確認していく。そして、本当に注意しなければならない一瞬を、自分のコントロール下に置く。無謀なチャレンジは避けるべきです。そこは本当にそう思います。僕がそこまで危ないクライミングをしているかというと、そんなことはないんですけど、長く大きな怪我をしないでやってこられたのは、そういう意識がうまくいっているんだろうなとは思います。

呼吸が変わると身体の使い方も変わってくる

――そういった精神的な作業に、呼吸の練習が役立っているんですね。

ええ。冷静に落ち着くこと。そこも呼吸です。深く、長く、ふーっと呼吸する。息が上がってくると、重心も上がってしまう。そうすると足元も滑りやすくなりますし、全身に力が入って硬くなってしまう。だから、呼吸の練習はすごく役に立ちました。というか、今も役に立っています。呼吸が深く長くできていると、やっぱり落ち着くんです。身体の使い方も変わってくる。

岩場が、身体を研ぎ澄ませる

――ありきたりな質問になりますが、平山さんにとって自然とはどんなものでしょう。

やっぱり外の岩場に行くと、身体が研ぎ澄まされる感じがあります。その地域のクライミングのスタイルとか、岩場の雰囲気とか、そういうものの影響をクライマーはものすごく受けていると思うんです。意識していなくても、無意識の中で、それが自分の身体に染み込んでいる。岩場から帰ってきて人工壁で登ると、ホールドから伝わるものがものすごく繊細になっているなと感じることがあります。指先に魂が宿るみたいな感じなんです。そこから全身に信号を送っているような感覚。一本のルートに集中して、岩場で何日か過ごして、戻ってくる。すると、自分の身体の感覚がすごく繊細になっている。そういうものが、自然の中のクライミングにはあると思います。

未知のものへの興味はすごく強い

――平山さんは57歳の今も、こうしてすごく生き生きとクライミングの話をされますよね。そんなふうにいつまでもエネルギッシュでいられる秘訣のようなものはありますか?

それに関しては、もう本当に、クライミングが好きなんでしょうね。これまでの人生は、クライミングを通じて自分を表現してきました。他の世界だったら、それはできなかったと思います。今でも岩場に行くと、これまでに気づかなかったような、革新的なものを見るというか、そういうことが日々起こるんです。そういったことに対する、未知のものへの興味というのはすごく強いと思います。

あとは、尾花先生の影響もあると思います。先生は興味のあることに対しては垣根もなく、どんどん進んでいってしまう人で。いつもハツラツとしていて、人と楽しそうに接していて、生き方が楽しそうに見えました。大会で結果を出さなければ、というプレッシャーを感じている中で、ああいう肩肘を張らない生き方に憧れたのかもしれません。こういうおじいちゃんになれたらいいな、と。実際、おじいちゃんには見えませんでしたけど。

これからの役割

――これまで平山さんは、時代ごとに大きな目標を設定して、そこに向かって進んできたように見えます。今、向かっている目標のようなものはありますか。

そうですね。いずれどこかで、自分はクライミングをしなくなるのかな、ということは考えます。その中で、クライミングをできる環境であったり、クライミングそのものであったり、そういうものを後世に残していきたいという思いがあります。自分の中で、何か大きな目標として掲げているわけではないんですけどね。

僕はずっと、パフォーマンスのところで生きてきたじゃないですか。新しいものを切り開いていくというか、そういう形でやってきた。そこに関しては、一旦、自分の中で「やり切った」という感覚があります。これからは、クライミングを伝えていくことが、自分の役割になっていくのかなと思っています。埼玉県の小鹿野町での活動もそうですが、クライミングの普及を通じて、地域の人と協力をして、地域経済に貢献していく。そんな活動も大事になっていくと思っています。

これからのヨガとの距離

――ヨガとの関係は、これから変わっていきそうですか。

そうですね。尾花先生は、僕がヨガにもっと近づこうとしたときに、「ユージくん、君にはやることがあるから」と言って、どこか僕のことを抑えるような感じがありました。だから、今の自分があるんだろうなと思います。でも、これからは少しずつ変わっていく気がしています。若い頃は、勝つために必要なものとして、ヨガによるメンタル面の向上を求めていたんだと思います。でもこれからは、健康でいることや、自分の身体と向き合うこと、長く登り続けること。そういう意味で、またヨガに向き合っていくようになるかもしれません。

アシュタンガヨガとの関係性

――最後に、平山さんはアシュタンガヨガも練習されていたそうですね。

ええ。最初は妻が吉川めいさんのワークショップに行ったのがきっかけです。妻と荻窪のIYC、あの下がカレー屋さんのところによく行っていました。チエコ先生のクラスに参加して、ハーフプライマリーを練習しました。

――チエコさん、知っています。優しくて、かっこいい方ですよね。私がアシスタントをさせていただいていた渋谷のMysore Tokyoというアシュタンガヨガスタジオで、たまに練習をご一緒していました。

チエコさんのクラスに参加すると、最後のシャバーサナが本当に気持ちよくて、それからカレーを食べて帰るというのがパターンでした。良い思い出です。ヨガをもっとやっていたときは、アシュタンガヨガではありませんでしたが、毎日ヨガをやって、フィンガーボードをやってから練習や大会に行っていました。これからは、みんなに納得してもらう言葉を語り続けていくためにも、健康であり続けなくちゃいけない。そう考えると、ヨガの時間がまた少しずつ増えていくかもしれません。


話してくれた人 平山ユージ(ひらやま・ゆーじ)
世界的クライマー。日本のフリークライミング界を長く牽引し、国内外の岩場やコンペティションで数々の実績を残す。1998年にアジア人初のワールドカップ総合優勝、2000年にも2度目の総合優勝を果たす。現在はクライミングジムBase Campの運営、オリンピックなどでの競技解説、後進の育成、埼玉県小鹿野町でのクライミング普及活動など、幅広く活動している。

話を聞いた人 鳥井ナオキ(とりい・なおき)
日本アルプスを望む信州で、心と体によりそう本を作る出版レーベル「ALPS BOOKS」代表。松本市で日本アルプスヨガセンターを主宰し、ヨガの普及に努める。アシュタンガヨガ正式指導者。ヨガの実践・指導を10年以上続けている。

訳書にアシュタンガヨガの教本『AṢṬĀṄGA YOGA ANUṢṬHĀNA』、同流派最高指導者R. Sharath Jois氏による自伝的健康マニュアル『AGELESS』(共にR. Sharath Jois著)がある。


若くしてクライミングの世界で結果を出し、今なお活躍を続ける平山さん。ヨガと呼吸がそのクライミングを支える一翼を担っていたというお話はヨガ講師として大変嬉しかったです。海外渡航直前のお忙しい中、貴重なお時間をいただき本当にありがとうございました。

少しだけ補足をさせていただくと、ヨガは呼吸がとても大事にはなりますが、一般的な人は平山さんのように、はじめから呼吸にしっかり意識を向けることはなかなかできません。そこで、呼吸に意識を向ける練習をするためにも、呼吸と一緒に体を動かす、いわゆるポーズの練習にまず取り組みます。ポーズの練習が深まれば、呼吸も自然と深まっていくという流れです。

ヨガはもちろん呼吸が大事。でも最初は呼吸だけでなく、しっかりポーズの練習をしてくださいね!
さて、十山十色、次回お話を伺うのは日本人初の8000m峰14座登頂を果たした登山家、竹内洋岳さんです。お楽しみに!
ALPS BOOKSが制作しているヨガの実用書『ヨクキク山ヨガ』は、山に親しむ人がこれからも末永く山を楽しむために、体と呼吸を整える一冊です。

山へ向けた日々の準備の一環に
山から帰ったあとのケアに

次の山へ向かう力を育むのは
無理なく続けられる小さな習慣の積み重ね

そんなテーマを掲げて本を制作しています。

現在、この本のクラウドファンディングを実施しています。

クラウドファンディングでは、書籍の先行予約に加えて、オンライン山ヨガクラスなどのリターンも予定しています。
クラウドファンディングは8月30日まで。


この本を必要としている方のもとへ届けられるよう、応援していただけたら嬉しいです。