2026/07/21 20:05
このインタビュー企画では、これから出版する本のテーマに合わせて、さまざまな分野で活動する方々にお話を伺います。その分野をひた走る方々が、時間をかけて積み重ねてきた経験や知識を、必要としている人のもとへお届けします。今回のシリーズは「十山十色〜人それぞれの山もよう〜」。山に親しむ人の心身のコンディショニングをテーマにした書籍『ヨクキク山ヨガ』の出版に先立ち、山に関わり、その文化を支え続ける皆様の貴重なお話をご紹介いたします。
今回お話を伺ったのは、長野県山岳遭難防止常駐隊副隊長として活動する、相川大地さんです。山岳雑誌・山と渓谷7月号の夏山遭難対策の記事も監修された相川さんから、山岳救助隊員としての活動内容、来歴、そして登山者の皆さまへのメッセージをいただきました。

北アルプスの登山道を歩いていると、赤い制服を着た救助隊の方に出会うことがあります。登山者を見守り、時に声をかけ、事故が起きれば現場へ向かう。そんな山岳救助の仕事について、長野県山岳遭難防止常駐隊副隊長を務め、山岳ガイドや登山道整備にも携わる相川さんに、山で働くこと、救助の現場、そして登山者に伝えたいことについてお話を伺いました。

そもそも救助隊とは
――まず、相川さんのお仕事について教えてください。肩書きとしては、どのように紹介するのがよいでしょうか。
山岳救助隊、登山道整備人、山岳ガイド。
いろいろありますけど、ひと言で言えば、山で働いている人ですかね。
私がいるのは、遭難防止対策協会の民間救助隊員です。南部地区遭対協の救助隊でもあり、長野県遭対協の常駐隊でもあります。常駐隊に関しては、遭難防止対策やパトロールのために、夏山シーズン中は涸沢の基地を拠点にしてずっと山に入っています。県から予算をいただいて活動していますが、組織としては民間です。
――山岳救助隊と聞くと、警察や消防のような公的組織を想像する人も多いかもしれません。
警察の山岳救助隊もあります。私たち遭対協は、警察からの要請があって出動します。私たちだけで独自に出動することはありません。現場では警察と一緒に同じチームとして動くこともあります。全国的に見ても、警察と民間の救助隊が同じ現場で一緒に活動しているというのは、珍しい形だと思います。
北アルプスに就職した
――相川さんは、もともと長野のご出身ですか。
生まれは茨城ですが、栃木の宇都宮で育ちました。第一次登山ブーム世代の父親が山好きで、物心ついた頃には連れて行かれていました。母親ともよく登りましたね。遊園地に行くよりも、山に行くぞと言われた方が、子どもながらに楽しかった。もちろん今やっているような本格的な登山ではなく、ハイキングの延長のようなものでしたけど。最初にどこへ行ったかは覚えていません。たぶん日光白根山とか那須とか、栃木周辺の山かな。子ども心に、山に入ると体が活性化するような感じがありました。
――そこから、どのように山の仕事へ向かっていったのでしょうか。
そもそも、私はほとんど学校に行っていません。中学生のときに病気で体調を崩して学校へ通えなくなりました。数年で病気は治ったのですが、ブランクがあったこともあり進学はせず、早いうちから働きはじめました。コンビニで働いたり、工場で働いたり。仕事に没頭してしまうたちなので全力で働いて、休みの日は全力で山を楽しむ。そんな毎日でした。でも、ある時、昼夜問わず働きすぎて倒れて、一週間ぐらい入院したんです。その時に人生を見つめ直しました。
自分は性格的に、どんな仕事でも頑張ってしまう。だったら、同じように頑張るなら、好きなことをやり切ろうかなと思ったんです。自然と、山で働きたいと思いました。ただ、山で働くといっても、その時は山小屋ぐらいしか思い浮かびませんでした。そこで、山小屋で働こうと思って、名前だけ見て上高地の西糸屋山荘に電話しました。山小屋だと思ったら、車で行ける場所だったんですけどね。それが最初です。その後、ヒュッテ大槍でも働きました。はじめて救助活動をしたり、登山道の整備をしたりといった経験をすることができました。その後、常駐隊に空きが出たという話が入ってきて、紹介してもらったんです。
それからというもの、仕事の大部分は北アルプスに関係しています。だから、自分では北アルプスに就職したようなものだと思っています。
常駐隊の一日
――常駐隊の一日は、どのようなものでしょうか。
何事もなければ、ひたすらパトロールです。
ただ、登山者と同じように早朝から歩き始めるわけではありません。登山者が出発してしばらくしてから、下山開始後に事故が起きやすくなる。だから、登山者が出た後を追いかけるように出発します。山小屋を7時とか8時ぐらいに出て、歩きながら登山者に声をかけ、だいたい15時までには次の目的地に着く。山小屋に入ったら、登山者から話を聞いたり、注意事項を伝えたり、食事中も話を聞いたりします。
――登山道で声をかける時は、どんなことを聞くのですか。
目的地を聞いたり、どこから来たのかを聞いたりします。でも、それは単に世間話しているだけではありません。こちらの見る目が試されます。想定のルートを行くための装備は十分か、無理をしすぎていないか、など。そんなところを見ています。必要があれば、なるべく簡単なルートへ誘導したりもします。無理を続けると、いつか亡くなってしまう可能性がある山だからです。
――実際に、危ないなと思う登山者はたくさんいますか?
います。たとえば、これから8時間歩くというのに、水を500mlしか持っていない人もいます。雨具を持っていない人も、ヘッドライトを持っていない人もいます。今は情報がたくさんあります。準備をしっかりして気をつけましょうという情報も、どこにいても取れるはずです。でも、楽しそうな情報だけを拾って、山に入ってきてしまう人もいるんですね。
ただ、装備が十分でない人だけが事故を起こすわけではありません。北アルプスでは、装備がしっかりしている人も事故に遭います。レベルの高いことをしようとすれば、それだけリスクも上がるわけですから。結局、登山は、自分がどれぐらいのリスクを許容できるかを考える遊びだと思います。自分の力量と、山の難しさ。そのバランスを見誤ると、危険につながります。

登山者が無事ならそれでいい
――パトロール中に、救助へ向かう頻度はどれくらいですか。
しょっちゅうです。何事もない日は珍しいくらい。何かあれば、一番近い隊員が現場に駆けつけて、その2人だけで手に負えなければ、応援を出します。遭難というと大きな事故を想像するかもしれませんが、その手前のものもたくさんあります。足をくじいたり、体調が悪くなったり。こちらが行って応急処置をして、自分で歩いて下りられる場合は、遭難件数にはカウントされません。その人が、助けがないともう動けないという状態になったら、遭難ですね。
――すごく感謝される、やりがいのある仕事に思えます。
感謝していただけることもありますし、逆にすごく謝ってくる方もいます。本人が呼んだわけではなく、通行人が通報して私たちが現場にいった場合は、「呼んでいないのに、なんで来たんですか」と言われることもあります。でも、別に何とも思いません。無事ならそれでいい。毎日のことなので、色々ありすぎて薄まっているところもあります。ご遺体に接する悲しみ、感謝される喜び、謝罪、怒り。すべてを受け止めることになりますが、それも含めて現場です。
救助隊に必要なのは、登る力だけではない
――山を歩くことが好きな人にとっては憧れの仕事のようにも感じられますが、実際大変ですよね。
結局、山にいることが好きだし、山を登ることが好きです。それがないと絶対にやれません。でも、それだけでも無理です。山を歩きたいという願望が強い人は、やらない方がいいと思います。山で人を助けることに使命感を感じる人でなければ、たぶん続かない。純粋なクライマーにも向かないと思います。山を登りたい気持ちが強すぎる人は、救助ではなく、自分の山へ向かいたくなるでしょうから。
救助隊に必要なスキルは、その山を知っているかどうかも大事です。登山道整備も同じです。どこの道をどう直すかは、山を知っている人間でなければ判断できません。だから、常駐隊員が道直しにも関わるのは自然なことだと思います。
山小屋で働いていた頃から、登山道を直すことはありました。自分たちのところにお客さんが来るための道ですからね。誰かに言われたからやるというより、自分たちの道だから当然だよね、という感覚でした。今は、登山道整備のチームとしても活動しています。山小屋の周辺や登山道の補修など、北アルプス南部のいろいろな場所に関わっています。救助だけではなく、道にも関わっている。だから、北アルプスの山々は、自分たちが守っている山という感覚があります。
つらい思いをする人は少ない方がいい
――北アルプスだとどの山が一番好きですか?
どれが好き嫌いというより、全部含めてひとつの山なので全部好きです。
いろんな人に好きになってほしい山です。だから、自分が好きな場所だからこそ、そこでつらい思いをする人は少ない方がいいです。事故件数が減るということは、怪我をする人が減るということです。亡くなる人が減るということです。山で悲しむ人が減るということです。登山者の皆さんには、いい思い出だけを持って帰ってほしい。

自分の体と対話できるかどうか
――最後に、登山者の皆様に向けてメッセージをいただけますか。
道具などの準備はもちろん大切ですが、山で転ばない、つまずかない、怪我をしないという意味では、体幹とバランスはすごく重要です。それから、山で大事なのは、その山行が自分にとって許容できるリスクなのかどうかを判断することです。その判断の最初にあるのは、自分の体や技量と対話できているかどうかだと思います。
自分の体の状態がわかっていなければ、自分がどれぐらいやれるのかもわかりません。私たちも、ストレッチや筋トレは絶対に欠かしません。そういうことをしていると、自分の体調がなんとなくわかるんです。今日は体が軽いなとか、今日は少し重たいなとか。そういう変化を敏感に感じるためにも、ヨガなどで普段から体を動かすことはすごく効果的だと思います。
登山はいろんな捉え方があります。レジャーでもあり、スポーツでもあります。でも運動強度で言えば、間違いなくスポーツ寄りの遊びです。だからこそ、体のベースをつくっていきましょうよ、と思います。普段まったく運動しない人が、年に一回だけ山へ来ることもあります。でも、それはやっぱりしんどいはずです。週に一回山へ登っているなら、山登り自体がトレーニングになります。でも、普段まったく運動しない人が年に一回だけ山に来るとなると大変ですよね。
自分の体を知る。
自分の状態を知る。
その上で、どれぐらいのリスクなら受け入れられるのかを考える。
山を楽しみ続けるためには、そういうことが大切だと思います。

話してくれた人 相川大地(あいかわ・たいち)
長野県山岳遭難防止常駐隊副隊長。北アルプス南部地区山岳遭難防止対策協会救助隊員。登山道整備人、山岳ガイドとしても活動。就職先は北アルプス。夏山・秋山シーズンには北アルプス南部地区を中心に常駐し、山岳救助活動に携わる。
話を聞いた人 鳥井ナオキ(とりい・なおき)
日本アルプスを望む信州で、心と体によりそう本を作る出版レーベル「ALPS BOOKS」代表。松本市で日本アルプスヨガセンターを主宰し、ヨガの普及に努める。アシュタンガヨガ正式指導者。ヨガの実践・指導を10年以上続けている。
訳書にアシュタンガヨガの教本『AṢṬĀṄGA YOGA ANUṢṬHĀNA』、同流派最高指導者R. Sharath Jois氏による自伝的健康マニュアル『AGELESS』(共にR. Sharath Jois著)がある。
相川さんの言葉で特に印象的だったのは、「北アルプスに就職した」という言葉でした。登山者の皆さまが安全に山を楽しめるように日々様々な活動してくれている相川さん。改めまして、ここで感謝の意を伝えさせていただきます。遭対協の皆さまも、お勤めご苦労様です。いつも本当にありがとうございます。ちなみに、相川さんは私が上高地で働いていたときの職場の先輩です。こうやってまたご縁が繋がったことをとても嬉しく思っています。
山に深く関わる人々からお話を伺うこの企画「十山十色」。次回はレジェンダリー・プロフリークライマー平山ユージさんです。お楽しみに!

ALPS BOOKSが制作しているヨガの実用書『ヨクキク山ヨガ』は、山に親しむ人がこれからも末永く山を楽しむために、体と呼吸を整える一冊です。
山へ向けた日々の準備の一環に
山から帰ったあとのケアに
次の山へ向かう力を育むのは
無理なく続けられる小さな習慣の積み重ね
そんなテーマを掲げて本を制作しています。
現在、この本のクラウドファンディングを実施しています。
クラウドファンディングでは、書籍の先行予約に加えて、オンライン山ヨガクラスなどのリターンも予定しています。
クラウドファンディングは8月30日まで。
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