2026/07/21 11:53

このインタビュー企画では、これから出版する本のテーマに合わせて、さまざまな分野で活動する方々にお話を伺います。その分野をひた走る方々が、時間をかけて積み重ねてきた経験や知識を、必要としている人のもとへお届けします。
今回のシリーズは「十山十色〜人それぞれの山もよう〜」。山に親しむ人の心身のコンディショニングをテーマにした書籍『ヨクキク山ヨガ』の出版に先立ち、山に関わり、その文化を支え続ける皆様の貴重なお話をご紹介いたします。最初にお話しいただくのは、長野県山岳総合センター所長、傘木靖さんです。傘木さんには、実際に山ヨガも体験していただきました。
長野県山岳総合センターは、安全登山の啓発や登山教育を行う長野県の施設です。開所より半世紀以上にわたって、学校登山のサポートや一般登山者向けの講習、山岳遭難防止の取り組みなどに力を注いでいます。そんなセンターの所長であり、50年以上山に入り続けている傘木さんに、「いつまでも山を楽しむために大事なこと」をテーマに色々とお話を伺いました。

山岳総合センターの担う役割とは

――本インタビュー企画の記念すべき第一回目に傘木所長をお招きできて、大変光栄です。まずは、山岳総合センターについて教えていただけますか。

山岳総合センターの大きな役割の一つは、安全登山を伝えることです。

もともとは、学校登山に関わる先生たちに登山を教えることが主な業務でした。長野県では、かつて多くの中学校で学校登山が行われていました。現在は実施する学校が減ってきているものの、今も学校登山の文化は残っています。安全で意義のある学校登山を、将来へ引き継いでいくことは大事な使命だと感じています。

一般の登山者へ向けた取り組みも、もちろん行っています。山岳総合センターでは、夏山・雪山・各種クライミング・自然観察などの登山者向け講習や、安全登山の啓発活動などを通じて、山に入る前に知っておきたいこと、身につけておきたいことを伝えています。

安全登山の啓発普及が活動の大きな柱ではありますが、それだけではなくて、山の楽しさを伝えることも同じように大切だと思っています。山は危ないから行かない方がいい、と思われてしまっては元も子もありません。山は楽しい。だからこそ、長く楽しむために学んでほしい。そんな思いで、職員一同力を合わせて施設を運営しています。

登山は自由なもの。でも、単なるレジャーではない

――そもそもの話にはなりますが、傘木さんが考える「登山」とはどんなものでしょう。

登山は自由なものです。自分で行き先を決め、自分の足で歩き、自然の中に入っていく。
その自由さこそが、登山の大きな魅力です。

一方で、登山は単なるレジャーではありません。相手は自然です。天気は刻一刻と変わりますし、雨や風で道の状態が変わることもあります。体調も日によって違います。街の中での運動とは違い、山では自分で判断しなければならない場面がたくさんあります。

だからこそ、楽しむためには学ぶことが大切になってきます。規制を強くすれば、事故は減るかもしれません。でも、それだけでは山の魅力が失われてしまうところもある。自由に登れるからこその楽しさがありますから。

安全登山の講習に来る人は、もともと安全意識の高い人が多いんです。だからこそ、これまで情報を届けることができてこなかった人たちに、どう情報を届けていくか。それが、これからの大きな課題となっています。

情報が増えた時代に、登山者に必要な力

――「情報」という点で、登山者の皆さんにとって気をつけてほしいことはありますか?

今は、登山アプリなどによって、現在地を確認したり、他の登山者の記録を見たりすることができます。道迷いを防ぎやすくなった面もあり、とても便利な時代になりました。けれど、便利な道具があるから大丈夫、というわけではありません。

スマートフォンのバッテリーが切れることもありますし、画面上のルートだけを見て、実際の地形や天候を見落としてしまうこともあります。アプリは大きな助けになりますが、最後は自分で判断する力が必要です。情報を選択すること。そして、情報に頼りきらないこと。
そのバランスが、これからの登山者にはますます大切になっていくのだと思います。

年齢を重ねても山を楽しむために、大切なこと

――登山者の多くを占める中高年の皆さまに、特に気をつけてほしいことはありますか?

若い頃に登っていた人が、しばらく山から離れ、再び登山を始めることがあります。その時に、以前の成功体験がそのまま今の自分に当てはまるとは限りません。昔は日帰りで行けた場所でも、今は一泊二日にする。以前よりも早めに出発する。前日はしっかり休む。睡眠不足や疲れを抱えたまま山に入らない。

そういった余裕を持つことが大事になると思います。それは、弱くなったということではありません。今の自分に合わせて、山を楽しむための知恵なんです。昔は行けた、という感覚があるんですよね。でも、今の自分の体力をちゃんと見ないといけない。年齢に合わせて、山の計画も変えていく必要があります。

山に行く日だけ頑張るのではなく、日頃から体を動かし、食事を整え、必要な休息を取る。そうした積み重ねが、長く山を楽しむ土台になると思います。

山ヨガを体験した感想

――山ヨガを体験いただきありがとうございました。一言、感想をいただけますか?

ヨガをした後は、自然と呼吸が深くなっているのを感じました。以前、山岳情報誌「山と渓谷」で、ラインホルト・メスナー(史上初8,000m峰全14座登頂を果たした登山家)がヨガを練習しているという記事を読んだことがあります。山ではやはり呼吸が大切なのだと思います。高い山では呼吸の重要性がより強く意識されますが、日々の登山でも、呼吸を落ち着けることは体と気持ちの余裕につながります。

身体の使い方についても、足の親指のつけ根あたり、いわゆる母指球を意識することなど、自分が山を歩いているときに意識するポイントと共通する部分がありました。ヨガは全く未経験でしたが、普通のストレッチとはまた違いますね。無理に頑張らなくていい。自分の体に合わせて続けられる。そういった点が、年齢を重ねた登山者へ向けたトレーニングとして良いと感じました。

ヨガと登山との繋がり

――実際の登山で役にたつと思いますか?

山道を歩くことは、平地を歩くこととは違います。傾斜があり、段差があり、ぬかるみや岩場など不安定な足場を通ることもあります。そうした場所では、どこに体重を乗せるのか、どう足を運ぶのかといったことが大切になってきます。ヨガでバランス感覚を養うことは、そういった点で役に立つのではないかと感じました。

普段は無意識にしている呼吸も、登山ではとても大切です。急な登りで息が上がると、体も気持ちも余裕がなくなります。逆に、呼吸を落ち着けることができると、歩き方も少し変わってきます。深い呼吸を意識することは、ヨガと登山の共通点なのかもしれません。

仲間と再び歩いた栂海新道

――最後に、忘れられない山行をおしえてください。

私にとって登山は、基本的に仲間と一緒なんです。登山イコール、「仲間と登る山」ということですね。

昨シーズン、高校時代の山岳部の仲間六人で、半世紀ぶりに栂海新道を歩いたんです。栂海新道は、日本海の親不知海岸と朝日岳を結ぶ登山道です。高校三年生の時に歩いた道を、約五十年を経て、同じ仲間ともう一度たどる。登山を続けていた人もいれば、しばらく山から離れていた人もいたため、それぞれが準備をし、トレーニングを重ねて臨んだ山行でした。

五十年が経てば、登山道も変わります。かつて、山行中に野宿した場所を探したり、当時の思い出話に花を咲かせながら歩く道は、単に山頂を目指すものではなく、時間をたどる旅のようでした。

こんな贅沢な山歩きができるようになったのも、歳をとったおかげだと感じています。こうやって山を楽しめるのは、あと5年か、10年か。しっかり体を整えながら、できるだけ長く山を楽しみたいと思っています。

話してくれた人 傘木 靖(かさぎ・やすし)
長野県山岳総合センター所長。長野県出身。安全登山の普及・啓発を行う長野県山岳総合センターで、登山講習や学校登山の支援などに携わる。2020年より同センター所長を務め、山岳県・信州で、山を安全に楽しむための学びの場づくりに取り組んでいる。

話を聞いた人 鳥井ナオキ(とりい・なおき)
日本アルプスを望む信州で、心と体によりそう本を作る出版レーベル「ALPS BOOKS」代表。松本市で日本アルプスヨガセンターを主宰し、ヨガの普及に努める。アシュタンガヨガ正式指導者。ヨガの実践・指導を10年以上続けている。

訳書にアシュタンガヨガの教本『AṢṬĀṄGA YOGA ANUṢṬHĀNA』、同流派最高指導者R. Sharath Jois氏による自伝的健康マニュアル『AGELESS』(共にR. Sharath Jois著)がある。


「これしか手元になくって」と言いながら、傘木所長が山ヨガを体験するために広げたのは、ヨガマットではなくアウトドア用のマットでした。その飾らないお人柄は、私が思い描く、燻銀の山屋そのものです。人生初のヨガにチャレンジしてくれた傘木所長に、改めてお礼申し上げます。

情報が手軽に手に入る今だからこそ、その情報がどこから、誰に向けて発信されたものかということは特に重要なことだと感じます。長野県山岳総合センターは、登山者にとって本当に必要な、確かな情報を発信する機関です。まだの方はぜひこの機会に、山岳総合センターHP・Instagramのフォローをお勧めいたします。

山に深く関わる人たちのお話を伺う本企画「十山十色」。
次回は長野県遭対協の相川大地さんをお招きします。お楽しみに!
ALPS BOOKSが制作しているヨガの実用書『ヨクキク山ヨガ』は、山に親しむ人がこれからも末永く山を楽しむために、体と呼吸を整える一冊です。

山へ向けた日々の準備の一環に
山から帰ったあとのケアに

次の山へ向かう力を育むのは
無理なく続けられる小さな習慣の積み重ね

そんなテーマを掲げて本を制作しています。

現在、この本のクラウドファンディングを実施しています。

クラウドファンディングでは、書籍の先行予約に加えて、オンライン山ヨガクラスなどのリターンも予定しています。
クラウドファンディングは8月30日まで。


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